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「ゴーイング・ウィズ・イン」シャーリー・マックレーン

「ゴーイング・ウィズ・イン」
シャーリー・マックレーンから教えられた

《大覚醒が今、起ころうとしている。
世界中でたくさんの人々が、自分の内なる力に気付き、
自分は何者か理解して、自分の人生と周囲を
もっと幸せで実りの多いものに変えていっている。》

《この本はどのようにして、私が内なる霊性を
見つけ出したか描いてみようというものである。》

《何かまずいことが起こると、それを
自分を知るためのきっかけにすることを私は学んだ。
その意味でも私が自分も物事も、
バランスよく扱えるようになったのは、
対立や問題やプレッシャーがあったおかげなのである。》


《自分の内への旅はつらいことも多いが、
それは人間のあらゆる状態の反映でもあり、
自分がどのようにまわりの世界と
関わりあっているかを映しだしているものである。
・・・こうした勉強が世界中で急速に
広がりつつあるのを私は感じている。》

《私の人間関係はどんどん深くなり、
誠実さと素直さがますます要求されるようになった。
以前は世界を変えるために自分は
何もすることができないという無力感を私は感じていた。
今では、私の内部に、そして、私達みんなの内部に、
世界を変えることができるすばらしい力が存在する、
と私は思っている。》

《肯定的な見方をしっかり身につけるためには、
私に苦痛を与えてる感情を開放することが
どうしても必要だということもわかってきた。》

《「この人は、私がもっと成長するための触媒なんだわ。
自分の怒りをよく見てどうしてこんなに
ひどく怒っているのか学ぶチャンスを
与えてくれているのだ」と私は考えた。・・・
ゆっくりといらだちは鎮まってゆき、この怒りは
ずっとずっと以前から私の中にあった
ということに気がついた。
今、問題となっている件のためだけではなかったのだ。
・・・争う気が無くなったのでほっとして、
私の成長のために教師になってくれた
この人物に深く感謝した。それだけではなかった。
彼は自分の成長を犠牲にして私の為に
触媒になってくれたのだと、私は思ったのだった。
その効果はすぐ現われた。》

シャーリーを尊敬していた。
その大きなバイタリティ、行動力、そして強い人だと感じていた。
でも今までどこか少し遠い人に感じていた。
ところが、私はこの文章でシャーリーの存在がとても近くに感じた。
すぐそばに、彼女の『ひまわりのような』笑顔が
ありありと見えてきて生き生きと私の目の前に見えてきた。

この時、突然、ずっとずっと
まだクリアできてなかった問題が溶け始めた。
『ひまわりのような』この言葉がキーワードとなって
私は「あっ!」と心の中で叫んだ。
そうだった。
先日エネルギーがどっと吸い取られたような
あの彼女と初めて出会った時に感じたものを
突然思い出した。それは『ひまわりのような人』。

確かにこの後つらい時にもシャーリーのようなことを
試みたことは何度かあった。
「相手が幸せな状態を想像する」ということ。
言葉を変えれば「相手の素晴らしい状態を心に描く」こと。
しかし彼女にこれはなかなか通じなかった。
やがて諦め、彼女の問題は彼女の問題であり、
私が関わることではない、又は関わりたくない、
そんな判断をしていたことに気がついた。
できればもう関わることなく、お元気でいて欲しい。
そう思っていた。でもこの姿を
次第に思い出すことも無くなっていた。

今、それに気がついて早速実行し始めた。
まだ彼女が次の次元に旅立つ前に
気がついて本当に良かった。
これは必ず、効果が出てくるはずだ。
彼女はそれを教えるためにあのようなことを言い、
私は苦しんだのだ。その効果を知るために
彼女がそうした役を引き受けているのだ。
また、昔の話を傷を思い出させられるのだろうか。
そんな不安があった。
だけど、これでその不安も消えて行く。

もし、またそんな事があっても、
私に出会った時の彼女の輝いていたあの姿を
心で見ながら彼女と話をすればいいのだ。

私に出会った後の狂った彼女の姿が心の中を占めていた。
それは私のせいだという罪悪感もあった。
人に対して変わって欲しいという気持ちは
相手に対する侮辱だと思っていた。
人は人、相談されたり好きな人が困っているのを
知った時や病気になった時にビジョンを描くことは
していたのにこのような応用にはなかなか辿りつかなかった。
いつも受けとめること。
そのままありのままに受けとめることが大切だと思っていた。

共感したり、相手の輝きを見つめることが
自然にできる人との関わりを大切にしたいと思っていた。

だけどそうできない人との関わりは逃げの姿勢が強かった。
もう、いつあちらに行っても構わないと
思っているのに何故生きている、
生かされているのだろう、そう思っていた。

それはきっとまだ実現していない事があるからだと判断した。
もう、わたしはそれがなんだったのか、
何を意図したのか忘れてしまっている。

だけど、確実にそれらがやってくるのはわかっている。
そしてその事が起きた後にこの事だったのかと歓喜する。

シャーリーのこの本は89年12月に訳されている。
今、私にとってこの本を受け取る絶妙なタイミングだったことを知った
なんという年だったのだろう。
ただただ深く感謝する。また一つの扉が開いた。
それはこれから起ころうとしていることを
現実化するために重要なことなのかもしれない。

アボリジニの言う「輪を閉じること」の
具体的な意味がここではっきり認識できた。

ものごとについてどう感じるか、
それがもっとも重要だと彼らは信じている。

そのとき感じたことは体のひとつひとつの細胞、
人格を形成する意識、永遠なる魂に記録される。
・・・人間の永遠の部分を満たす、
その目に見えない感情こそが、すぐれた人、劣った人の差を作るのだ。

行動は、心の奥の感情と意図が表に出るときの回路にすぎない。

「相手に嫌な感情を持ったとき
その輪を閉じず離れていったりしたら、
人生の後半で同じことがくり返される。
そのことを学ぶまで何回も苦しむことになる。
起きたことをよく観察して学んで賢くなるのはとてもいいこと。
感謝と祝福を与えて、平和な気持ちで離れるのがいい。」

この離れかたがわからなかった。
閉じかたなのかもしれない。
どこかでこの方法が書かれたものを
読んだことがあるかもしれない。
だけどその時わからないことは
そのまま字を読んで通り過ぎていく。

私にとって記念日となる日となった。

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