カテゴリー: つぶやき

寿命と自分のリズム

ゆうべ 自分自身についてわかったことがあり
少なからぬショックを受けています
詳しいことは説明することはできないけれども
いずれこれまで書いてきたように
さらっと上っ面だけを書くかもしれないけど。。。

「死」がいつやってくるかわかったときって
やっぱりショックですね
でも考えようによっては、
突然みまわれるよりはずっと良いかもしれない
心の準備ができるようにと
わたしへのプレゼントなのかもしれない
若く亡くなる人だってたくさんいるし、
本人にとって準備ができなかったという場合は
きっとたくさんあると思う 強い生命だと思う
たった何ヶ月という余命の宣告なんて
パニックになっちゃうかもしれない
それでも、がんばっている人は
たくさんたくさんいらっしゃるわけだもの

これは確かに揺るがぬものではないし、
推測の域も出ていないから
そうした意味では他の人と
まったく同じだと思いなおしました
そう、やっぱり明日かもしれないと同時に、
老衰まで生きてるかもしれないことも
拭えない可能性でもある
生きていることから早く離れてしまいたいと思ったり、
でもやっぱりどこかで
しわくちゃになるまで生きてるんぢゃないかな?
なんて思ったりもしてるわけです


全く勝手です 命の期限がわかったとたん、
もっと生きていたいなんて思うなんてね
70歳とか80歳とか 
そんな歳になってからの視点って
経験してみたいような憧れももちろんあるんだな~
身体は大変かもしれないけど。。。
全く勝手です 
どこかにこんな事が書かれていたのを思い出しました
人は命のリズムの潮流に正しく乗っていれば
あと、2年や3年という
自分の寿命を自分で知るようになる、と。
それよりは長いのですから、恵まれてるかもしれない

これまで時折やってきていた鬱のようなものはもう、
来なくなるのかもしれないかな
先月元気だったのに半年も経たないうちに亡くなった
あの人は何かわかっていたのだろうか

街を歩く人、擦れ違う人、みんな
ほんとは知ってるんぢゃないかな?と
感じてしまってました
ほんとはみんな、
自分の寿命のことを知ってるんじゃないか、って
おんなじです
立場はおんなじなんだ!!!
だけど、涙が出てきて止まらない

悲しいというわけでもない
うれしいというわけでもない
たまらなくなって
自分にとっての最終ポイントであることがわかった場所に
行ってきました

まあね、勘違いしてるかもしれません
だったらそれで笑えるんだけどね

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