カテゴリー: つぶやき, spiritual

それぞれのペース

時々見に行くあるサイトで
こんな言葉が載っていた

『周りの人がみんな自分の土俵に乗ってくれたら
気持ちが楽になるという思いが
心の片隅にでもあると、いい結果は得られない

あなた自身がそうであったように、
人それぞれにペースがありタイミングがあり、
そして「人生のゲーム」をしている土俵があります。
したがって、あなたの現在の到達点を正しく理解してくれる人は、
どこにもいないことを前提に、ものを考えるべきです。
そして、それでも、
人はどうであれ自分は信じる道を歩む—という姿勢が大切』

『「世の人は われをなにとも ゆわばいえ
わがなすことは われのみぞしる」坂本竜馬』

ここでジェームス・レッドフィールドの著書を思い出す

「ひとりでいても大丈夫かどうか」

だけど、
だけど私たちは もう一人の自分を見出すまで
ずっとせきたてられているように
ずっと引っ張られているように
転生を超えても変わることなく、ずっと
ずっと分身を求めて歩いている
そのように感じてならないこともある

共感の安堵
終わり無き旅の道すがら 
ほっとティータイム?が欲しい

ただそれを目標にしてしまったら
依存しているだけになってしまうのだろう

ふぅ

しかし
他の人とのコミュニケーションから
引き出されてくるのが共感、共時性

共感は活力と元気が沸いてくる
それもとても大切
でも、それは
期待してしまったとたん
バランスを失ってしまうのだろう

蜘蛛の巣のように
見えない金色の糸で
繋がっているわたしたちの姿も真実

揺るぎなく
支えられ生かされている
自らの姿がいつも
見えるように
感じられるように
自分の消息をたずねていたい

木々の香りが漂っている
草花の香りが漂っている
自然たちは わたしたち人間よりも
とても元気に見える

虫の声がこだまする

+:+:+:+:+:+:+:+
静寂心のない時
人は本当の顔を失い
根を失い 
安らいだ歓び
哀しみに満ちた怒り
痛みに満ちたかなしみを
知ることはできない
他人に共感できず
響きあうことができず・・・
+:+:+:+:+:+:+:+ my 訓示

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