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THE BRADY BLOG:愛着理論 ~My mother is a fu**ing JAP~ 第2章③

愛。なのかなあ。と思う。

それならそれでそう言ったほうが、これまた心理学者の心証は良くなりそうだが、礼子は優等生的(あくまでも日本的な意味での)発言を繰り返し、自分が“家庭の恥部”だと思う男女や親子の感情的な部分を頑なに隠そうとしていて、そうした人間のエモーショナルな部分を“恥部”だとは思わない英国人にストレンジだと見なされる。

今回の記事で、礼子の娘がどんな感情を生んだのかやっとわかった。
なるほど、そういうことだったのか。
普通の人でも大体察しはついていたかもしれない謎がここで明かされた。
その“察し”とは、おそらく弟への“嫉妬”。
だけどいったいなぜそこまで母親を、というのが大きな謎として覆いかぶさってきていた。

このときの彼女に、もしわたしが遭遇して、
なんらかのアドバイスができるとしたら、
いたって簡単で単純な方法を示していると思う。

わたしと同じような境遇に追い込まれた、
彼女の母親に対する憎悪の程が痛いほどわかるから。

わたしも突然5歳のときに、祖母宅に置いていかれた。
いつ迎えに来るのか待っていたのに何日経っても迎えに来てくれなかった。
その憎悪は言いようの無い孤独と共に日増しに大きくなっていった。
だから、ある日両親揃って迎えに来たとき
それまでのありったけの気持ちを込めて彼女に言ったのだ。
「この人誰?」

結局両親は離婚し母親とは本当に離れ離れになったのだけど、
この記事の礼子に言えるならこう言いたい。

「娘さんに会ったら、しっかりと抱きしめてください。
ごめんね、と何度も何度も謝って抱きしめて。
そのときどんな態度が彼女から噴出しても受け入れてください。」

たぶんこれだけで娘の心は解けていく。

もし、それができなくて、それからもずっと離れ離れになったら、
もう本当に絆は修復することはできない。

母親を必要とする年頃までならきっと間に合う。

大人になって、たとえ母親の立場やさまざまなことを理解し、
納得し、母親を責める気持ちにもならなくなり、
同情すらできるようになっても、次に立ちはだかる問題の壁がある。

離れていた時間はもう、戻らないという現実に打ちのめされるのだ。

母親がなにを好み、どんな思考をし、どんなできごとにどう反応するのか、
さまざまな情報を知りたいのに、ひとつ知って感慨にふける次の瞬間、
深いやるせなさと悲しみに突き落とされる。

なにげない仕草や言葉などが、知りたかったことなのに、
知るたびに傷つき、ものすごく疲れるのだ。
だから、結局もうそれ以上近づきたくならなくなってしまう。

痛みはだいぶ和らぐことができても、傷は広がったまま戻らない。

そこにずっとあり続ける傷から血が流れっぱなしになってるのを見てうんざりするだけ。

憎悪に膨らんだ彼女を抱きしめることができたなら、
彼女は母親を今度は守ってくれるようになるだろう・・って、
まるでこれって憑依されたときの対処法みたいねって思って可笑しくなった。

Posted via web from kisato posterous

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