カテゴリー: つぶやき, lifeshot

今年は節目の年だった

ISIS関連の事件や、住宅への飛行機墜落、洪水など
今年も怒涛の年だったなぁと思う。

わたしにとって今年は、ひとつの節目のような出来事があった。
5歳で両親は離婚し父方の祖父母に預けられ、
祖父母のケンカで祖母はわたしを連れてひとり暮らしをしてた父の元に逃げ、
その年に祖母は突然亡くなり、そして父の再婚で出会った継母のこと。
最近、その継母がアスペルガー症候群らしいと知り驚いた。その娘の母親違いの妹は、そうかやっぱりと納得してあまり驚きはなかったらしい。私もやっぱりという気持ちもあったけど驚きもあった。

彼女の言動が理解できずどういうつもりなのか悩むことはこれからは少なくなるかもしれない、ほっとしたと同時にそれまでのわだまりはそのままで彼女と心を通い合わせることは不可能だと突きつけられたような気持ちにもなり、気持ちを整えるのはまだ時間がかかりそう。

悪意はないけど正直に言ってしまったものなのか、ストレスが高じて相手を罵倒してしまうこともアスペルガーのせい?感情のコントロールがきかなくて気の済むまで相手を殴ることも?

このことがわかったおかげでこれまでの彼女とのできごとを違った面から捉えることができるのは大きい意味がある。だけど、例えばDV被害にあっても加害者は一種の病気だから自覚できないから諦めてと言われてるような感触になる。訳がわからなくてこんがらがる。夫とうまくいかないのはあなたのせいと言われ続け私の存在を否定された。泣いて嫌がるのに髪を男の子より短く切られた。あなたの為と言いながらどうしても意地悪にしか見えなかったこと。怒らせたあなたが悪い、具合が悪くなるから気をつけてと言われて常に彼女の機嫌を伺わなければならず、気の休まることがなかった。アレもコレも、どれがどれで?と考えると思い出すだけで消耗し疲弊していく。

彼女と出会った小学一年のときは、まるでヒマワリみたいな明るい感じの人だった。私を大切にしてくれようとしているのが感じられた。だから本当に嬉しかったし母親だと思った。小学六年のころに父が浮気をしてから変わった。不満は私にぶつけられるようになっていった。リコーダーで殴られて頭から血が流れても謝らなければならないってどういうことだったんだろう。しかも思い当たるような悪いことをした覚えもなく。とにかく嫌われているということだけはわかった。ちょっと口ごたえをしたら烈火のごとく怒り始めるからやがて何も言わなくなっていった。いったいどこにアスペルガーの症状があるのか考えるのが辛くなる。アスペルガーについてもっと調べたほうがいいのかもしれない。

産みの母とは、20年ぶりほどで出会うことができたが、たまに連絡がくるだけで(こちらからは連絡しないというか、精神的にできない)、何度か会ったことがあったけど、お互いにぎこちなくコミュニケーションを取るたびにぎこちなさに加えてこれ以上相手を知って傷つきたくない気持ちが出てきて近づこうとしない自分がある。なんでかなと思いつつ複雑な気持ちになって悲しくなりとても疲れてたけど、瀬戸内寂聴さんが、母親として4歳のときに手放した子との関係がいまだにしっくりしないという話をしてるのを知って納得した。そうかそうなんだ同じかもしれないと。育てる育てられる時間が無かったという事実から突きつけられる現実。やはりこれは大きかったんだなと。母もわたしも傷ついて、いまだに癒えず癒やすこともおそらく不可能なのだと思う。それだけ大切な時間を失ったと自覚することが大切なんだと。これから育むという手もあるのだろうけどそんな気力は出ない。

理想を現実にあてはめて考えるのではなく、事実を事実として受けとめることを改めて教えられた年だった。

ふたりの母親がいるのではなく、わたしには母親はいなかったのだと。
ちょっと気持ちが軽くなる。

過去の出来事、記憶については  少しずつ、心の整理をしていこうと思う。思い出したときに少しずつ。辛いことは思い出すたびまた傷つくんだと思う。だから無理に思い出すことは必要ない。自分を大切にすることは自分を育むこと。甘やかすというのとは違う意味で。

別姓問題について新聞に書かれていた記事から、これからは家族という戸籍を無くす時代がくるかもしれないと思った。

今の時代は結構特殊な変な時代なのかもしれない。

最近髪を切った。震災時と同じ場所で今は別のサロンになった所で。
震災時にばっさり短めに切ったおかげでその後洗うことが難しい状況になったのでよかったのだけれど、同じように短めに切ると また地震がきそうでどきどきする。

同じように長くなった髪を同じ場所で同じような時間で同じような髪型にするのはなかなかドキドキする。

 

 

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