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ジョージ・オーウェル『1984』を読んで – ディストピアへようこそ

ジョージ・オーウェルという名はこれまで何度か目にしていた。
ブレイディ・ミカコさんのブログだったかよく覚えていないのだけど、
最近またその名をあちこちで目にするようになった。

トランプ政権になった今年1月、アメリカでベストセラーになったそうだ。
国内でもこの本が話題にのぼっている。
この本に書かれていることがリアルに迫ってくるらしい。

今日 「共謀罪」が強行採決されてしまった。
国民から強く反発される法案は強行採決されるのがデフォルトなんだろうか。
これ独裁政治じゃなくてなんだろう。

ディストピアへの扉が開かれたような絶望感に打ちひしがれる。

閑話休題

『1984』引きよせられた文章

”民衆は弱く、卑屈な人種であって自由に耐えられないし、
真理を直視し得ないからより強力な集団によって支配し、組織的にだまされねばならない。”

だいぶ前に読んだユダヤ商法について似たようなことが書かれてたのを思い出した。
ゲームや娯楽を与えて夢中にさせて主体性を奪えば洗脳が容易いというような話しだった。
ヒットラーも似たようなことを「我が闘争」に書いてた気もする。

”新石器時代の末期以降、世界には上層、中層、下層と三種類の人間が存在した。
上層の目的は現状維持であり、中層の目的は上と入れ替わることだ。
人口の85%を占める下層、声なき民衆の目的は、差別の撤廃と平等であるが、
彼らは重労働で余りにも押しつぶされており、日常生活以外のことは
間歇的にしか意識できないというのが変わらぬ特性である。”

 

気になってきて ようやく読み始めた。

予想外の展開。飽きない描写。
蜘蛛の巣に引き寄せられ絡め取られるような感覚。

次にどうなるのか先が読めない。気になって仕方がない。
後回しにできることを段取りして無理矢理時間を作るようになった。

やがてその面白さは急に変化して硬直してしまう。
読者がではなく、内容が硬直してしまう。

それまでの話しは長いプロローグだったことに気づいて
ホラーの世界かと思うような別次元に取り込まれて動きが取れなくなる。

辛くて読みたくなくなる世界が続く。
いつ終わるか知れない蟻地獄。
うんざりするけどここまで来たら最後まで、
どんなオチがくるのか見届けたい一心で読み進む。

読みたくないけど早く読み切ってしまいたい衝動に突き動かされる。

たぶん途中で読むのを投げ出してしまう人は、いないと思う。
途中で止めたら嫌な後味がずっと残り続けてしまうだろうと思うから。

これって50年も前に書かれたものなのかと驚いた。
ジョージ・オーウェルは 1950年46歳の若さで、
この本を最後に書き上げてまもなく亡くなってしまう。
主人公の咳が止まらない描写って本人のことだった。

独裁政治 ディストピア。
あり得る、できそうな世界。
むしろこんな世界に進んでいるのかも、
既にこんな世界に近いかもしれないと思えてゾッとしてくる。
そういえばこんなことあんなこともと思えて
背筋が寒くなるのが止まらない。

この世界と重なって息苦しくなる。本当にリアルに。

3.11で世界観がガラリと変わってしまってから
余計リアルに思えるディストピアの世界。
ずうっと昔から国民は騙され続けてきたんだろうか。

被害者より加害者が守られるような社会。
やったもの勝ち、弱肉強食の世界。

本の内容の具体的な感想としては、
初めのうちジュリアはウィンストンにとって
ハニートラップなんじゃないかとハラハラした。
その描写だけなんだかそれはできすぎたファンタジーみたいに思えた。

後半のひとりの囚人にかかりきり拷問して洗脳するしつこさに辟易しつつ、
コストパフォーマンスがあまりにも現実的ではないんだけど、
「洗脳する側が信じる世界観」からすればそんな狂気もあり得るのでしょう。
狂気に突っ走った宗教団体のように。
権力で封じ込めようとするパワハラと同じように。

支配する側が最後に追い詰められ怖れるのが目に見えない魂領域だからこそ、
洗脳されたのを確認してから殺すという凄まじさに圧倒された。

それにしても、読み終えたとき ぐったりと疲れた。

疲れたけどなるほどこの本、読んでよかったと思う。
これからもこの本に載っている言葉がいろんな場所で使われるのだろう。
この本からの言葉だと気づけるのがちょっと嬉しいかも。

「二足す二は五」
「二重思考」
「思想犯罪」
「二分間憎悪」

「戦争は平和」
「自由は隷属」
「無知は強さ」

「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」

3.11前後、そして
オリンピック前後と言われる時代が訪れるのかもしれない。

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