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プロメテウスの罠 2 読んだ


プロメテウスの罠 2
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3が出版されたのは知ってたけど、もう4も出てたんですね。
時間が取れずなかなか読み進められなかったけど、2をようやく読みました。

新聞やニュースでも見たことのなかった事実に驚き悲しかった。
気象庁での津波警報が専門家から指摘されてた水圧計データから導かれてたら
一万人は助かってただろうという事。

また、森まさこ議員が国会中継で言ってた餓死者についても再確認したのでした。

原発は国策会社に移し、電力会社ではなく経営者個人の責任を追求して
原発ムラの集団無責任体制を是正すべきだという道筋が見えた。
これがおそらく、パンドラの箱に残された小さな希望なのでしょう。

さらに、村上春樹氏が指摘されてるように、
国民が国家レベルで直接投票する選択肢が必要なのですね。

村上氏によると、日本には大きな問題が3つあるという。

――誰も責任を取らないこと、日本に国民投票がないこと、緑の党がないことだ。(中略)

市民運動が働きかけているように、国民が国家レベルで直接投票する選択肢が日本にあれば、大多数が原発に反対だと表明するだろうと村上は確信している。「でも、私たちにはそれがないため、人々は意思表示ができないのです。彼らには現在の政治家たちと戦う力がありません」(Reportage Japanから引用、注:緑の党は2012年7月に結成)
via:Nuclear F.C : 原発のウソ : 村上春樹 未公開インタビュー 「東京電力の社長とか何人か、本当に刑務所へ行くべきだ」

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『ノルウェイの森 』著書と映画のダブル感想


だいぶ前からちびちび読んでたら映画化され上映始まってしまった。
下巻の1/3まで読んでたものだから、これは読んでしまって
そのままほかほかな感想持ちつつ映画ってのもいいんじゃない?と
急ぎながらじっくり読んでなんとか映画を観に行くことができた。
こんなんで大丈夫なのかは体験してみなければわからない。

ということで、著書の感想と映画の感想一緒に書いてしまう。
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『アジアに落ちる』 杉山明


上海の阿片窟、チベットの鳥葬、LSDセッション、ブッダの4大聖地、
ヴァラナシの火葬場、インド最大の聖者たちの祭、前世を覚えている少女、
カースト制度と暴力、バンコックの殺人鬼と奇形博物館…。
鮮やかな生と死が交錯するアジアから戻ったオレを迎えてくれたのは、
バラバラに崩れた神戸の町だった―。
アジアの「生と死」を見つめる魂の放浪記。
via 名古屋「ザ写楽」ライブ|New 天の邪鬼日記

この本読んで、ヒトコトであらわすと「体当たり」って言葉が浮かんだ。
アキラ氏が体当たりして書き込まれた言葉と思いがぎっしり詰まった本だと思った。
最後に書かれたエピローグがすっと真っ直ぐ響いてきた。
この部分でやっと、アキラさんの素の顔が見えたような気がした。

それまでは読みにくかった。

本文にはあまりに多くの物事や思いやメッセージがありすぎて、
まるで曼荼羅を眺めてるようで凄いんだけど
気のせいかもしれないしすっと読めないせいか、
アキラさんは何か鎧をまとってるように感じられた。

最後のエピローグでやっと
リラックスしたアキラさんの笑顔に触れたような感触だった。
それは暖かい。心底ほっとしてこちらもリラックスした。

それまではこの本は、なかなか前に読み進めない本だった。

そのシーンを想像しその気持ちを想像しようとしてとても疲れて
休み休み読んで途中でぱったり放置状態にしたのを思い出して
ようやく最後まで読むことができた。

なんだかそうやって軽く一年は過ぎた気がする。

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メモ

「宗教は麻薬だ」とマルクスは言った。
その共産主義もまた、麻薬だった。
“群れ”はもはや人間じゃない。凶暴な怪物だ。
個人的な犯罪者に殺された犠牲者の数なんて、
宗教やイデオロギーによって大量殺戮された犠牲者の数の足元にも及ばないんだぜ。
忠誠、献身、団結、正義、優越、ありとあらゆる美徳が人間を盲目にする。
集団は感情を煽り、知性を麻痺させる。
神格化された権威への服従、所属、自己放棄がどんなに甘美でも、
他者を排除してはいけない。
自分自身が崩れ落ちるギリギリまで、知覚の扉を開き続けるんだ。

ブッダが何を悟ったか。それは相対性理論。
『縁起の理法』は量子力学そのもの。
すべてのものには実体がなく、お互いの関係でしか存在しないこと。
「自己とか自我って信じこんでるものって、出会いの集合体なのよ。」

運命が全部決まっているなんて信じないけど、
出会いは用意されているのかもしれない。
人は欠落した何かを埋め合わせるように出会う。
パズルの断片をそれぞれが持ち寄って、
ひとつのヴィジョンを完成させるためだ。

エピローグから

群れからはぐれても、レールから脱線しても、だいじょうぶ。
人生の豊かさを計る物差しは、「命の残高」じゃなく、
永遠に増えつづける「出会い貯金」だから。

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キャッチャー・イン・ザ・ライ- J.D.サリンジャー (著), 村上 春樹 (翻訳)


有名すぎるほどのこの本をようやく手にしてみた。

この本については多くの人から絶賛されてるというくらいしか知らないけど、

わたしは52ページまでしか読めなかった。

ひとことで言うとツマラなくなった。

読んでるうちに生理的嫌悪感で進めなくなる。

仕方がないので、あとは最後どう終わらせるのか気になって見てみたけど

相変わらずだったので、もうそれ以上読む気になれなかった。

ただ、我慢して52ページまで読んだことで、

どんな感触の小説なのか自分なりに把握できたのは収穫だった。

こんなふうに本を途中まで読んで放り投げるなんていい気分じゃない。

まぁそんなに多く書物を読んできたわけじゃないけど

ヒトラーの「我が闘争」以来。これもつまらなかったのが最大の原因。

このキャッチャー・イン・ザ・ライ、

独特の思春期の男の子の心理状態だという感じで、

いらいら貧乏ゆすりが伝わってくるような文章で

わたしも貧乏ゆすりしたくなってイライラした。

そうそう、このころの年代の大人一歩手前の少年てこんな感じかもね。

ここまでこういう心理をグダグダと描写したのは珍しいのだろうし、

多くのかつて少年だった者たちの共感を集めるのだろう

高校のころ何かオススメの本貸して欲しいと男子に言われ、

ヘルマン・ヘッセが好きとか言って詩集貸したらなかなか返してくれず、

催促したら「ごめん」といいつつコーヒーこぼされてた本返された時

みたいな神経逆撫でされた気分になった。

ただ、全く共感できないというのではなくむしろ、

そういう部分をどこかで別の形に変化させたゆえに、

チクチクしてしまうのがいたたまれなくなったともいえるのかもしれない。

著者のJ.D.サリンジャーは、今年の1/27に亡くなってたと今頃知った。

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