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ユーライア・ヒープのベーシスト、トレバーボルダー死去- 最新ニュース|MSN トピックス


膵臓癌だったのですね。62歳だなんてまだ若いのに。
ご冥福をお祈りします。

ちょと検索したらこんなの見つけた。。

なんと イアン・アンダーソン!素晴らしい

ユーライア・ヒープのベーシスト、トレバーボルダー死去- 最新ニュース|MSN トピックス.
トレヴァー・ボルダーが5月21日に亡くなった。死因は膵臓癌。62歳だった。

trevor2013

ユーライア・ヒープに1976年から2013年、37年にわたって在籍してきたトレヴァーのプレイは『ファイアフライ』(1977)、『イクエイター』(1985)、『シー・オブ・ライト』(1995)などの重要作、そして最新アルバム『イントゥ・ザ・ワイルド』(2011)に至るまで、数々の作品でフィーチュアされてきた。

1950年6月9日、イングランド北部のハルに生まれた彼は、1971年にデヴィッド・ボウイのバック・バンドに加入。このバンドはそのままスパイダーズ・フロム・マーズに発展し、『ジギ―・スターダスト』(1972)、『アラジン・セイン』(1973)などの名盤を生み出した。

タイトにリズム・セクションを支えながら、グルーヴ感をたたえた彼のベース・プレイは、ブリティッシュ・ロックの正統派と呼べるものだった。近年では2001年1月、デフ・レパードのメンバーと共にジギ―・スターダスト時代のボウイの曲を演奏するプロジェクト、サイバーノウツで来日。また、2010年10月にはユーライア・ヒープの一員として日本を訪れ、そのベース・プレイを聴かせてくれた。

彼は2013年1月に手術を受け、ユーライア・ヒープは代役ベーシストを起用してライヴ活動を行っていたが、バンド復帰はならなかった。

◆   ◆   ◆

ユーライア・ヒープからの声明

「素晴らしい友人トレヴァー・ボルダーが癌との長い闘病の末、亡くなったという悲しいニュースを、我々は告げなければなりません。トレヴァーは世代を代表する偉大なミュージシャンの一人であり、イギリスが生み出した最も能力のある、影響力の強いベーシストの一人でした。

トレヴァーは長年ユーライア・ヒープの一員であり、バンドの音楽と、彼の秀でた才能と熱意は、世界中の何十万人というファンに届けられてきました。1976年に加入した彼は、短期間の休みを除けば、今年の初めに病気で一歩退くまで、ずっとバンドと共に活動してきました。ヒープに加入する以前、彼はデヴィッド・ボウイの伝説的バンド、スパイダーズ・フロム・マーズの結成以来ずっと関わってきたメンバーであり、すべての重要アルバムと、数多くのショーに参加してきました。彼はまたウィッシュボーン・アッシュ、サイバーノウツ、そしてザ・ラッツでも活動してきました。」

◆   ◆   ◆

ミック・ボックス

「トレヴァーは世界級のベーシスト、シンガー、ソングライターであり、それより大事なこととして、世界級の友人だった。彼の家族、友人、そして世界中のロック・ファンは、彼のことを悼み、忘れることがないだろう。我々は皆、身体の芯まで感覚を失ったようだ」

John Lawton
Trevor was one of the best bass players I have ever had the fortune to perform with and a gentleman. I was so looking forward to being on stage with him again this summer. Gone but never forgotten.
via The Official Website of Uriah Heep

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73年ユーライア・ヒープ来日の裏話


2003/10/16 に裏話を書いた第二弾

73年の来日時 PAが
悪かったらしいとは知ってはいたけど
実際どうであったか、情報を教えてもらった

その人は71年
ロンドンでのライプを見て驚いた人だった
73年はロンドンにいらしたらしく、
帰宅してきたヒープのメンバーから
どんな状況だったのかを聞いたというわけだ
かなり怒っていたそうだ
日本でのその時の対処について。。。

信じられないことだけどまずスタッフは
英語がよく通じないししゃべれなかったそうだ(笑)
ホテルの送迎から始まっての不手際の数々

まともなリハもできなくて 
ステージのフィードバック・モニターが聞こえず
(フォールドバック?)
自分の音もとれずに演奏はボロボロだったと。

また、本番直前に
バックステージから追い出された奥さんたち
家族だと言っても英語が通じなかったというトラブル
このジャパンライブはヒープと思えないほど
ひどかったのだそうだ

さて、そのジャパンライブに
プライベートで会った人の話と
ちょっと食い違うのは
やはりロンドンに帰宅してきた
メンバー本人から聞いた話であるからなのだろう

だから、
スタッフの対応がひどかったのは本当の話だと思う
ちょっと違う、というのは
「奥さん」「家族」???
あれれれれ?たしか… (^ ^;
でもメンバーにとって大切な人であったのだから
同じことかもしれない

パープルなどと違って
コーラス主体での演奏する彼らにとっての
命綱になるものが使えなくて
演奏することそのものが難しいものになっていたとは。。。

そして、やはりこの公演が
結局その後の日本での彼らを位置付けてしまったわけで
なんともいえない気持ちにもなるけど、なにやら納得もしたのでした

そのように考えると、
その評判が悪いと言われるジャパンライブは
それなりに人気もあるわけで
。。。よしとしよう
(ゲイリーのベースがとにかく凄いのだし)

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12/8はGary Thainの命日だった


 

 
◇Gary Thainの命日◇

Y

 


12/8はGary Thainの命日だった♪


12/8は太平洋戦争開戦とジョン・レノンと
なんとなんとGary Thainの命日だった!


12月だったっていうのは覚えてたけど、8日とは忘れていた


8日はどこでもジョン・レノンの命日だぞって


あちこちでみなさん言ってるから、ほぉ、そっかーって思ってたけど


なにか忘れてるような気がしてならなかったわ


クリスマスの準備で街がにぎわってる時に


亡くなるのは いっそう悲しいだろうなぁ


ちなみにロンドン天気予報 2003年12月6日発表によると
12月 7日(日)  晴れ   最高気温08℃  最低気温 0℃
日照時間5.9時間
12月 8日(月)  くもり 最高気温09℃  最低気温0.6℃
日照時間2.4時間
12月 9日(火)  雨   最高気温11℃  最低気温0.6℃
日照時間2.1時間
12月10日(水)  雨    最高気温11℃  最低気温0.7℃
日照時間1.8時間


ロンドンってもの凄く寒くなる所だと思ってたけど、この気温見ると


それほどでもないのね


イラクへの自衛隊派遣が決まった


わたしだったら、彼がもし自衛隊員だったら


自衛隊やめてと泣くかも。。。


いっそみんな自衛隊員全員一斉に辞めてみたらどうだろう


そんなこと、しないんだろうな~


できないんだろ~な~。。。


取り返しのつかないことをやろうとしてるんだよ


戦争に参加してるわけではない、なんていう言葉


あちらで通用すると思う?


S


▼-*- today’s key~ Kan  種 発芽 黄色 -*-▼ 

 

 

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ユーライア・ヒープ「対自核」


 


(↓リンクしてる商品は7曲だけ)

Uriah Heep/Look at Yourself ’71 3rd

1.Look at Yourself
2.I Wanna Be Free
3.July Morning
4.Tears in My Eyes
5.Shadows of Grief
6.What Should Be Done
7.Love MachineBonus Tracks
8.Look at Yourself [Single Version]
9.What’s Within My Heart
David Byron :vo
Mick Box :g
Ken Hensley :key
Paul Newton :b
Iain Clarke :drs
Teddy Osei:perc (1)
Mack Tontoh,Loughty Amao (OSIBISA):perc
Manfred Mann :Mini-Moog (3)

【ギターよもやま話】
国内で知る人ぞ知る○毛氏によると
71年の7月にロンドンのLyceum Strandで
初めてヒープを見てブッ飛んだそうです。
Mick Boxのギターソロで初めて
“Cry Baby”というものを知ったのだそう
当時は日本では手に入らず、
これが日本でのCry Baby第1号だった

【アルバムについて】
これは前に書いたかもしれないけど
一曲目のlook at your selfはケン・ヘンズレイが歌っている
(ライブはもちろん、バイロン)
「七月の朝」は
ケンのハモンドとミックのギターソロの印象的なイントロ

ケンのオルガン・ソロ、ゲストのマンフレッド・マンのミニムーグソロ
この曲を初めて聴いた人はその感激を忘れない
ヒープの名を知っている人は
この曲は知っているよと言う(笑)

「瞳に光る涙」
ミックのワウギターとケンのスライドギターのツイン
ここのムーグもマンフレッド・マンらしい
このハーモニーにはすっかり心を奪われる
これ以上素晴らしいハーモニーコーラスのバンドは
わたしは知らない
おそらくいないだろう。
これがヒープの特徴の一つでもある
わたしはこのアルバムのダントツは
「七月の朝」ではなく「瞳に光る涙」です

「当為what should be done」
このピアノは何度聴いても飽きない
ヒープの特徴がある
こうしたバラードに参ってしまったらもう、
あなたはヒープの壺に嵌ったのだ

さてさて、悲嘆の翳りshadows of grief
力強く奥行きのある
イアン・クラークのドラムから始まって
途中のアア、アア、アア、アアのコーラス部分
ピンク・フロイドの神秘のアルバム
「太陽讃歌」に似てると思います
フロイドよりもっと短く
エキスだけでしっかりと構成されてる。

【アルバムについて2】
このアルバム全体に言えることは
機械の香りがぷんぷんといったところでしょか
静と動の極がうまく現わされている
静謐と狂気とも言えるかもしれない
このアルバムによって
ヒープの名を世界中に知らしめた
実はファーストもわが国内では
某ミュージシャン達が注目したのだが、
国内のレコード会社は売れないという判断だったらしく、
結局この対自核がヒットしてから
ファースト、セカンドと注目されたのだろう

なお、ドイツ盤は
このジャケットアルバムの目のまつげが
イラストで描かれていて長くて女性の目みたい(笑)

ポール・ニュートンは解雇されてしまうんだけど、
そのあと少しの間マーク・クラークが入り
(3ヶ月くらい)
そしてキーフ・ハートレイバンドから
ゲイリー・セインが入ってくることとなる

このサードアルバムはツアーが終わって疲れきったところに
レコーディングされたアルバムなんだそうです

 

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